福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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青森からのりんご

福島からです。
私も同じ気持ちです。
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年末の忙しい時ですみません。
今朝、福島の家族から電話がありまして、その後にかいたblogです。
地震がすこし多いと家族が話していました。もうしばらくは
揺れないでと祈っております。
(長い文章で申し訳ありません。シェアしていただけらと思って載せました。)
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2012年12月31日月曜日

「母にリンゴが届いた。

昨日の夕方、母から、届いたよ、ありがとうと、電話があった。
今日もまた夕方 母から電話があって、リンゴを家族みんなで分けたと知らせてくれた。
二回とも日本では夜明け頃の朝早い電話だった。

私が白河の母に送ったリンゴは、、インターネットで注文したもので、青森のりんご農家が育てたリンゴを被災地や福島へ配布している「りんご野」という支援団体を通じて、りんご生産者から直接安全なりんごを家族に届けてもらったのだった。

りんごにはデトックス効果があって放射能による内部被爆を低下させる効果があると知って、私は、去年の冬はオーガニック栽培の地元のりんご農家からりんごを買って、それをスライスしてドライアップルを作って家族に送った。今年のりんごは、アメリカ北東部は春の冷害のために大変ひどい凶作だそうだ。そのため、果樹園から十分なりんごを購入することができなかった。

どうしようと思っていたら、ワールドネットワークの同じメンバーのさと子さんが、福島や被災地へ青森の安全なりんごを配布している「りんご野」のメンバーで、その縁で、今回青森のりんごを白河の家族に送ることができた。私にしてみると、安全な食べ物を選べるというのと、海外から送る時につく高い送料を見込まなくてよい分、とてもお得な気もした。

(ワールドネットワークは、ボランティアが集まって福島の情報を英語で海外に発信しているグループで、2012年の7月から活動をしている。メンバーには日本をはじめ、イギリス、アメリカ、フランス、オーストラリアなど海外に滞在している者もいる。)

私の家族はそれぞれ、白河、郡山、福島と線量の高い中通りに住んでいて、アメリカに戻ってからも、皆の健康がとても心配だった。特別に劇的な何か、ができるわけではないのだけど、何かしたかった。自分を安心させるためなのかもしれない。

自主避難の話は、私達家族の間ではとても難しい。

日本に滞在中、何度か私からその話をしてみたが、そこでやめて、という 妹たちのこわばった表情が見えてきて、それを圧して続けることが私にはできなかった。
妹たちはもうすでに十分毎日苦しんでいたから。

家族が笑顔で話せる雰囲気を壊したくなかった。
それでなくても、福島の生活はストレスが多かった。

福島第一原発の4号機の様子は、私達を不安にさせた。3月から9月まで、白河の母のアパートに滞在の間、私は4号機の情報をニュースやツイッターで常時確認していた。知っているものは皆知っていた。実は4号機は、かなり傾いていて、次に中程度以上の地震がきたなら、4号機は持たないのではないか、という情報を得ていた。4号機の核燃料棒は、屋上のプールに保管されて、この「使用済み燃料プール」の水が、燃料棒を低温に保ち、外の世界から遮断しているのだが、もし水が漏れたり、地震でプールが崩壊したりすれば、この燃料すべてが外の空気にさらされ、過熱し、大量の放射性物質を放出し、おそらく急激な加熱なら大爆発になり日本どころではなく、北半球は大変なことになるのだ。だから、私は、家族といつでも避難する覚悟をしていた。


信じられないことだが、そうゆう状況のなかでみな生活していた。危険を感じる体のセンサーが麻痺してしまっているのか、これから先何が起きるのか、考える回路を切ってしまったのか。

私は 福島に滞在した最初の一ヶ月、あまりに毎日地震で揺れるので、自律神経失調症のようになった。吐き気がして、どうにも辛かった。マスクをできるだけするようにしていたが、家族も町の人も、子供たちでさえ、マスクをしていない人がほとんどで、そのうち、私もマスクをしなくなった。

私は最初の一ヶ月で不安をあまり感じすぎて病気になり、
それを乗り越えるために、私の中の感じる回路を切った、のだと思う。

例えば、日頃屋内で使っている電気は一定容量で使用しているが、使用リミットを越える大容量の電気が通過する瞬間に、その配線全部の使用していた電気も含めて全部シャットダウンする仕組みになっていて、そうして事故から守るような仕組みになっている。その安全器と同じものが、人間の体にもあるのではないか。

東北は、去年の3.11から1年以上が経っていても、まだほとんど毎日余震があって、妹たちは、夜中でも地震速報の知らせがわかるよう、携帯の音をずっとオンにして寝ていた。

息をするにも、雨にあたるにも、食物を飲み込むにも、どこかを触るにも、誰かが差し出した食べ物を受け取る時にも、みえない放射能がどこにもここにもあって、だけどその塵が、どこにあるのだか見えないから、動作のひとつひとつが不安とつながる。

そんな生活をしていたら、誰でも限界になるのではないか。
そんな場所にどうしてすまなければならないのか。

りんごのことで、妹からも昨日メールが来ていた。

母がアパートに家族を呼んで、そのリンゴをみんなで分けたそうだ。
ひと箱には沢山入っていた、と母が言っていたけど、甥ふたりにそれぞれの奥さん、姪夫婦とその子供たち、母と二人の妹たちにとなると、ひとり当たりに渡るりんごの数は少ないだろうなと、ふと、それぞれの手に何個のりんごを載せているのかと想像してみて、すまなく思った。

一つ違いの妹は、お正月前に、それぞれの子供たちへリンゴを配達するそうだ。
郡山市内に住んでいる姪夫婦と4人の男の子たちは、3日に白河に来るので、その時に渡すそう。

母の家に届いたひと箱のりんごが、こんなに喜ばれるとは思ってもいなかった。妹たちと母3人が、その場でりんごを切って食べたそうで、その味にとても感激したそうだ。母は、昨日、りんごを皮ごとミキサーに入れてりんごジュースにして全部いただいたよ、と言った。
「もうこれで元気だよ」と、母が喜んで話してくれた。

電話で話した後、私は側の椅子に座って泣いてしまった。

離れて暮らしている遠い家族に、ひとりあたり数個のりんごでこんなに喜ばれて、
でもそれしかできなくて、悲しくて泣いた。
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  1. 2012/12/31(月) 23:29:32|
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