福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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残された家族 & 【広瀬隆】「時間の止まった街」原発避難区域一時帰宅の記録

日々雑感 : 【広瀬隆】「時間の止まった街」原発避難区域一時帰宅の記録

http://hibi-zakkan.net/lite/archives/27005296.html

 

双葉町の道路に掲げられた堂々とした横断幕に書かれていた言葉

「原子力  正しい理解で豊かな生活」

「原子力  明るい未来のエネルギー」

 

双葉駅の売店には、2011.3.11の新聞が置いてありました。もう原発事故後、2年以上、経過しているのに・・・・・・・。

∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~

しかし、福島の我が家でもそれは例外ではなかった。今年、3月末に帰った時に、もう2年以上経っているというのに2011.3月のカレンダーがかかったままだった・・・・・・。

 

あれほどマメできれい好きな夫だったのに・・・・・

一人で住むには広すぎる家とはいえ、自分の動線すらロクに掃除されていない事に驚いた。震災のその日に食器棚から落ち割れてしまった食器類が一部そのままになっていた位だ。

夫は何も言わなかったが、日々の仕事と生活に追われ、放射能の見えない恐怖と闘い、精神力をやっと保っていたのでは.....と思う。

 

母子避難をしていた私は、夜、先に眠りに就いた湿っぽい(寝汗をかいているので)我が子を愛しさ一杯に抱き締めながら、遠く離れた福島で家族の為に一人頑張っている夫を思うと、申し訳なさとやりきれなさが込み上げてきた・・・・・・・・・私はそんな日々を決して忘れない。

 

夫も避難して来たら、涙が止まるのかと思ったが、そうではなかった。今でも些細な事に涙が溢れてしまう。

 

今でも母子避難家庭を支えているお父さん達がこの日本に、まだまだ沢山いる。どうか、負けないで下さい。私も頑張ります。一緒に頑張りましょう!

 

そう思いながらも又、涙が・・・・・(T-T)

∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~∞*~

(上記のサイトを見た方のコメントより)

県内企業の業績状況が新聞に載っていたのを読むと、元同級生が経営する製薬会社が前年度 比30%以上の大幅業績アップしていました。 抗癌剤の売れ行きが好調だったそうです。 経済にとっては一瞬明るい話題なのかもしれませんが、人類にとっては暗い話題だなと。 抗癌剤は一瞬効く人も居るけれど、治療では無く、副作用で早死にする人を増やすだけです から。 ちなみにその会社経営者の母親は癌で50代で亡くなり、父親は最近脳梗塞で半身不随に なっています。複雑ですね。

 

経済が大事か、命が大事か。 見つめ直すことが必要です。

 

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  1. 2013/06/06(木) 12:58:15|
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