福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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助けられる命があったのに助けられなかった。

東電福島第一原発ニュース

 

http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20120305/

 

一部、抜粋

 

東京電力福島第一原子力発電所の事故で設定された福島 県の避難区域内で、自宅などに取り残されて餓死した疑 いの強い人が少なくとも5人いることがNHKの取材で 分かりました。 警察や遺体の状況を調べた医師は、自力での避難や助け を求めることができず、取り残された可能性があると指 摘しています。

 

【消防団員“救える命があった”】

震災直後に避難区域で救助活動に当たっていた複数の消 防団員は、避難指示が出て救助活動が中断されるまでの 間に助けを求める声を聞いたと証言しています。 このうち津波で125人が死亡した福島県浪江町の請戸 地区で救助活動に当たっていた浪江町消防団員の高野仁 久さんは、震災当日の夜、がれきの中から助けを求める 声や、物をたたいて居場所を知らせようとする音を聞い ていたということです。 高野さんは、応援を求めにいったん役場の詰め所に戻り ますが、機材も人員も足りず、大津波警報が引き続き出 されていたため、町の判断で救助活動は翌朝に持ち越さ れたということです。 しかし、翌日の朝、原発から10キロ圏内に避難指示が 出されたため、救助活動に向かうことができず、住民の 避難誘導を優先せざるをえなかったということです。 これについて高野さんは、「あのとき、『あす助けにく るから待ってろよ』と声をかけてきたのに、結局、救助 に行けなかったことを今でも後悔している。原発事故が なければ何人もの命を救うことができたのではないかと 無念に思う」と話しています。

 

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  1. 2013/07/02(火) 00:57:06|
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