福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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除染危険手当要求争議勝利解決報告会御礼

諦めず、取り合えず良かれと思った事は、やった方が良いんだな~(^-^)/と思わせて頂きました。有り難うございます(^○^)
以下、福島からです。
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除染危険手当要求争議勝利解決報告会御礼

怒りの発端は「人として扱われていない」という事でした。
寒中彼らの宿舎とされたのは、山の上のバンガローと、床の抜けた廃屋。そこに5、6人ずつ押し込められ、食事の予算は1食100円。もやしと、なすと、ピーマンを茹でたものが一つまみの主菜を、彼らは「うさぎ定食」と呼んでいました。
現場が20キロ圏内であることも知らされていませんでした。
そして多重請負構造でのピンハネ。
フクイチ抗内も除染現場も、被曝労働の現場は無法地帯です。
そして暴力団の資金源となっています。
彼らの勇気ある行動は、新たな争議へと引き継がれました。

sさん、mさんが訴えている焼却場の放射能拡散問題は、拡散させないためにどうすべきかを考えると、警戒区域の除染問題とも深く関わってきます。
これからも情報を共有しながら活動していきましょう。

私も、〇〇のメンバーもみなさんから元気をいただきました。
心から御礼申し上げます。
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  1. 2013/08/06(火) 02:42:09|
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