福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

放射能汚染を隠す住民(被害者)たち

被害者が風評被害を恐れて、自らがエートスに関わってしまう。
(いつも、福島の皆さん、情報有り難うございますm(__)m)
-----------------------------
2011年の7月に放送されていたNHK・BS歴史館(暗号名「ブロークン・アロー」 ~隠された核兵器事故~)を最近になって再放送で初めて見ました。
これは1966年1月17日にスペインのパロマレスで核弾頭を搭載していたアメリカ軍機が墜落し、プルトニウム汚染された地域の住民についてのドキュメントです。

このドキュメントは現在及び未来の福島に住む自分達を客観的に見ることができる番組です。

冒頭から何度も女性(おそらく農家)がトマトをほおばる映像を繰り返し流していました。
この意味は見ていくうちに明らかになるのですが、
被害者であるはずの汚染地域の住民たち(主に農家)が、
「風評被害」対策として、
率先して放射能汚染を隠そうとしていたことを物語る映像なのです。
「まるで現在の福島と同じだな」と思いましたので紹介します。

原発事故からたった数日で「風評被害」という言葉がメディアで連呼されましたよね?
これは原発事故が起きた時の対策として、はじめから農家を利用することが決まっていたのです。
まずは農家の側から「問題ない」と言わせることが。
原子力ムラの考える「エートス」の考え(被ばく者側に「問題ない」と言わせる)は、これが原点なのだなと思いました。
現在の福島でも、そのうち「心の問題」と称して住民側から「被ばくは問題ない」と言わせるエートスが始まります(首謀者は環境省と復興庁で、エートス活動する団体(NPOなど)には資金が流れるはずです)。

最後の「実際に汚染された土がもっと沢山あって、それがずーっと地面の底の方へ沈んでいて、で、開発の結果出てきたって話ですよね?」って、現在自宅の庭に埋められている除染の土と重なりますね。

<暗号名「ブロークン・アロー」 ~隠された核兵器事故~/NHK・BS歴史館>
http://www.at-douga.com/?p=8875

(9:18~)放射能が検出された家は直ちに洗浄、作物は焼却処分。そして1750t分の土壌がドラム缶に詰められ、アメリカ本土へと運び出されました。
最大の痛手はパロマレスの主要産業であるトマトの出荷停止です。「風評被害」が広がり、多くの農家が生活難のため、土地を手放さざるを得ませんでした。
海に落ちたとされる核爆弾は3000人がかりでの捜索が行われました。そして81日後、核爆弾は無事回収。

(10:28~)(現在のパロマレスの総菜屋さん)
記者「事故のことを知っていますか?」
総菜屋「おじいちゃんから毎日のように聞かされていたからよく知ってるよ。パロマレス産のトマトは汚染されているという風評被害が広まって、トマトが売れなくて農家が苦しんだってね。」
(字幕)1966年3月9日放送 スペイン国営放送
これは爆弾回収作業中に放送されたスペインのニュースです。
スペインにやってきたのはスペインの情報観光省長官のマヌエル・フラガ氏。
大勢の報道陣を引き連れて向かった先、それは海辺でした。
隣に伴っているのはアンジー・デューク アメリカ大使(駐スペイン)。
核爆弾が落ちた海で泳ぐことで放射能汚染の心配のないことを盛大にアピールしました。
(福島ではその役を海開きで住民が担っていました)
事故は収束したとして大々的に報道されたのです。

(15:13~)回収した核爆弾の前でにこやかに立ち並ぶ両政府首脳。
アメリカ軍が核爆弾をメディアの前に公開したのは、これが初めてのことです。
これも事故の処理が速やかに終わったことを印象付ける結果となった。
派手な情報を流すことで、その裏に潜む本当の情報が隠されたというのです。
事故から45年、普通の暮らしを取り戻していたパロマレスの人々。
しかし今(2011年)のパロマレスでは放射能汚染をめぐる新たな問題が起こっていました。
町の一角を囲うフェンス。
(地元のジャーナリスト)
「つい4年前(2007年)に立入禁止になった区域だよ。放射能汚染の危険性があるんだ。」
2007年スペイン政府により、突然の立入禁止措置が取られました。そこはかつて核爆弾が落ちたエリアのすぐ近くです。
汚染は完全に除去されていなかった疑いが浮上しました。
45年経った今、平穏な町の暮らしは再びやぶられていました。
(汚染地域の住民)
「なんであんた達が知ってるわけ?」
(地元ジャーナリスト)
「本当のことを知っているのは僕みたいに独自に調査を進めてきた人間なんだよ。あなたたちはここが安全だって思わされてきたんだ。」
日々押し寄せるようになった報道陣。
町の人々は戸惑いを隠せません。

(19:46~)
(環境保護団体代表フランシスコ・カスティホンさん)
カスティホンさんはパロマレスに立入禁止区域を作るように長年政府に働きかけてきた人物です。
(カスティホン)
「ブロークンアローから45年もの間、なぜ危険な放射能汚染地帯が野放しにされてきたのか。そこにはスペイン政府とパロマレスの住民との間に暗黙の同意があったのだと思います。資金面でも技術面でも多くの援助をしてくれているアメリカを裏切ることができないというスペイン政府。そして事故直後のようにトマトやレタスなどの農作物が売れなくなるのでは、という恐怖心が働いたパロマレスの住民たち。」

「悲しいのは・・・自分達が被害者であることを隠さねばならなかったパロマレスの住民たちではないでしょうか。」

(ここでもこれでもかというくらいにトマトを口に頬張る女性の映像が流れる)

(21:15~)
(フリーアナウンサー渡辺真理)
「どうしても暮らしている場所を平和にしたいから、『大丈夫でしたよ』って住民から『大丈夫だ』宣言をしたいというのがすごく複雑な(思いがしました)。」

(東京大学藤原帰一教授)
「もう終わったと思い込みたいという(気持ちだよね)。」

(渡辺真理)
「そうなんですよね。」

(東京大学藤原帰一教授)
「実際に汚染された土がもっと沢山あって、それがずーっと地面の底の方へ沈んでいて、で、開発の結果出てきたって話ですよね?ということはもっと他の所に出てくる可能性がある。ただ、そうなってくると自分も立ち退かなくちゃいけないし、暮らしの根底が壊されちゃうから、そこに住んでる人から見ればたまったもんじゃない。」

(ジャーナリスト宮嶋茂樹)
「ほら、カメラマン(地元ジャーナリスト)が言うのを冷めた目で見てる地元の人がいるわけでしょ?真実を知りたいっていう方もいれば、もう放っといてくれ(そっとしといてくれ)という方もいらして、そういうふうに分裂しちゃってる訳ですよね、住民の方々が。そういうのは二重の意味で悲劇ですよね。」


しかしこの収録は3.11前なのでしょうか。後であれば、みんな福島とダブらせながら発言しているはずなのに、そんなそぶりは少しも出していない。それが気になりました。

スポンサーサイト
  1. 2013/09/17(火) 09:13:34|
  2. 日々のこと
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<1.損害賠償裁判記者会見へいらした記者の皆様へ | ホーム | 2ちゃんねるで世論操作>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kyania.blog.fc2.com/tb.php/339-c18c4c8e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。