福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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安全、安心な食材を 使用したカフェ&福島の村田 弘さんの原発民衆法廷陳述書

福島の村田弘さんの原発民衆法廷陳述書の続き

南相馬市で40年余にわたって、原発を告発し続けてきた若松丈太郎さんという詩人がい ます。昨年暮れに送ってくれた「3・11後の作品」の中に、「ひとのあかし」という詩が ありました。読ませてもらいます。

ひとは作物を栽培することを覚えた ひとは生きものを飼育することを覚えた 作物の栽培も 生きものの飼育も ひとがひとであることのあかしだ

あるとき以後 耕作地があるのに作物を栽培できない 家畜がいるのに飼育できない 魚がいるのに漁ができない ということになったら ひとはひとであるとは言えない のではないか

4 第三 当たり前な正義を実現してほしい 最後に、この法廷の皆さんへのお願いです。 ひと言で申し上げれば、普通の人が普通に考える、当たり前の正義を守ってほしいというこ とです。

1. 少なくとも数十万の人々の日常を決定的に壊したこと 2. 少なくとも数千人の命を奪ったこと 3. 人の生きていく基盤である土と水と生きものと人との関係を決定的に破壊したこと 4. 以上のことが当然に起きることを知りながら、「安全」というひと言で人々をだまし 続けてきたこと 5. 「国策」という衣を着せれば許されるとして、非人道極まる原子力政策を続けてきた こと

これを裁いていただきたい、ということです。

「私たちは日本国民なのですか」と双葉町の町長が言った、と伝えられました。「帰還 困難区域」という名をかぶせられて故郷を追われ、放射能汚染物の「中間貯蔵地」という棄 民政策の受入れを強要された場でのことです。この痛恨の言葉を思い起こしていただきた い。

第二次世界大戦で、「平和と人道に対する罪」という考え方が生まれたように、「人間 と自然の尊厳を破壊する罪」という新たな概念をつくってでも、この前代未聞の罪を裁いて いただきたい。

そうでなければ、私たちは死者と共に、夜な夜な藁人形に釘を打ち続けるしかないので す。

以 上

詳しく読みたい方は下記へどうぞ。

http://genpatsu-houtei2.main.jp/siryo/tokyo_murata.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

大阪、高槻で安全・安心な食材を使用したカフェ「ぽぉ」が本日オープンしました。
以下、転送

阪急冨田から歩10分です

営業時間は月・火・水・木 の 10時半から16時半まで。

ランチは500円。ドリンク300円~。デザートもあります。酵素ジュースもあります。

http://takatsukicafe.jimdo.com/

HPはもう少し手直しする予定ですが、取り急ぎ基本的な情報を掲載しておきます。

今日は「ぽぉ」でミーティングでした。20名ほど参加されていたでしょうか。

お店の雰囲気もアットホームでぽぉっとできる感じでした。

ルウから手作りしたカレーも、サラダも美味しかったです。

子連れOKです。ミーティングできる部屋もあります。

皆さんぜひ利用して、みんなの「ぽぉ」にしてください。
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  1. 2012/11/18(日) 19:22:18|
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