福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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ブログの感想 & 私の要望書

ブログの感想をメールして下さった方がいらっしゃいました。こんなふうに思って下さる方がいらっしゃるなんて、幾らかは、世間の役に立っているのかな♪と嬉しくなりました。ブログを始めて良かったです。勧めて下さった、このブログを立ち上げて下さったOさん有難うございました。m(__)m

「ブログ拝見しました。たくさんの思い、投げかけに、感謝。もう誰も彼も、あの震災からただ傍観者でいることはできないんだ、ということを感じます。」

Hさん有難うございました。明日も頑張ります! !
私のブログを、お気に入りに入れて下さっている方々も、本当に有難うございます。m(__)m励みになっております。

以下は今日、京都で行われた、「避難者がつくる公聴会」で私が発言させて頂いた時の原稿です。
この公聴会に携わって下さった方々、中継を見て下さった方、お疲れ様でした。本当に有難うございました。m(__)m
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
        要望書

私は、福島県郡山市より小学生の娘二人を連れて、関西に避難してきました。

福島に残っている主人が、ある国際会議に行きました。
去年の9月11日に、山下俊一氏率いる、福島医大で行われた

国際専門家会議「放射線と健康リスク・世界の英知を結集して福島を考える」

です。

その国際専門家会議を傍聴してきた、主人がハッキリと言っていました。
「福島、大丈夫みたいだよ」

その時、私は、こう思いました。「関西で私が出席してきた放射能に対する勉強会とは 言っている事が全然違うみたいだけど国際会議なんだから、主人が言っている通り 大丈夫なのかな?」って少し嬉しくなりました。

しかし、更に沢山の勉強をしているうちに分かった事ですが、この国際会議に出席していた学者たち、UNSCEAR,WHO,IAEA,ICRPらはチェルノブイリで起こった、 低線量被ばくによる健康被害の隠ぺいを行っていた関係者だったのです。
原発を推進したい側の開いた国際会議だったんです。
でも、「国際会議」ですから! !「世界の英知を結集して福島を考える」ですから ! !
一般の方々は、信じます。

それに対し、チェルノブイリで起こった、 低線量被ばくによる健康被害を把握しているECRR の報告を紐解くと、東北どころか、関東でさえも、チェルノブイリで言えば強制避難地域が在る事が分かります。

ECRR の報告をみても、現在のチェルノブイリの現状を見ても、どう考えても、今の被災地に、日本に、希望は見えません。

福島の実家の父は、野菜と魚が大好きで、肉は殆ど食べません。本当に理想的な食生活でした。震災前、70才をとっくに過ぎていましたが、退職してからの採石場でのアルバイトで筋肉モリモリになり、とっても元気に働いていました。それなのに今は、頭が痛いとか、色々、調子が悪くなってしまいました。
私が、たまに電話しても「頭が痛くて、話していられない」と、早々に電話を切ろうとします。
私が父や主人に「食べ物に気を付けて欲しい」と言っても、「国が大丈夫だと言っているんだから、大丈夫なんだ!」と、全く聞く耳を持ってくれません。

主人は原発事故前には、例え、単身赴任していたとしても、几帳面で、いつも小綺麗にしていたのに、今では生気が無く、とても疲れやすいのか、何事も億劫に感じているようでした。
健康診断の結果も、思わしく無かったです。

避難させて頂いた私達三人はというと・・・・・

私達は3月15日の午前中に福島空港を発ちました。同じ日の午後に友人家族がやはり福島空港を発ちました。
友人家族が外部被曝を調べてもらったところ被曝していなかったそうです。ということは、同じ日、同じ場所から同じ所に避難した私たち3人も外部被ばくをしていないはずです。

にも関わらず、私達親子三人には環境が変わったからというには説明のつかない症状が次々に出ました。

私は疲れやすく、風邪をひきやすくなりました。一ヶ月位で治ったかと思ったら一日か二日で、また風邪をひいてしまうのです。生理の量がとんでもなく多くなりました。一瞬の内に大量に流れるので、今トイレに行ってきたばかりであっても、「あっ!」と思った瞬間には衣服が汚れ、外出先で着替えなくてはならなくなりました。
始めは、環境が変わり、疲れているせいだと思いました。しかし、それからも、首を傾げる事が起き続けます。
昨年12月頃には虫歯が沢山出来て、歯に詰めてあった金属がたった一週間足らずの間に6個取れました。足の親指の爪も根元からポロッと取れてしまいました。

私も子供達も蚊に刺されたなどの些細な傷が半年、一年以上経っても治りませんでした。
関西で二度目の冬、子供達の霜焼けが恐ろしい程酷くなり、しかもいつまでも治らなかったのは何故でしょうか?福島でなった時にはすぐに治っていました。登山家が凍傷になり、指を切り落とす事があると本で読んだ事が有りますが、「切り落とす前にはこんなふうになるのかな?」と思うくらいに子供達の手足が真っ黒になり、桜が咲く直前まで綺麗になりませんでした。
ここまで、酷くても、私は「おかしいな」と頭を傾げるばかりでした。

京都に避難先を変える直前には鼻血や下痢を繰り返すようになり、突然、お腹の激痛におそわれるようになってしまいました。
外部被曝はしていなかったはずなのに・・・・・。

その後、大阪から京都に引っ越し、食材を今までとは、別な所で買うようになってから、症状が激減しました。

この時、初めて、内部被曝していたことを自覚しました。

避難当初、大阪だからと安心して食べ物による内部被曝まで、頭が回らなかったですす。大阪では安売りのスーパーでほとんどの食材を買って食べていました。

しかし、今でも、長女は些細な傷が治りずらいです。ケガをさせるのが怖いです。チェルノブイリの原発事故の時も、第二次成長期の子供たちに、深刻な被害が出たと聴いています。今、娘は、まさしく第二次成長期に入っています。
福島の現状と中心的に闘って下さっている福島に残っておられる方々にお聞きしても、私の子供たち程酷い症状の出た話しは聞いた事が無いそうです。マクロビの先生に私達の被曝症状をお伝えしたところ「体に良い物を食べていたのでしょう。」と言われました。確かに福島では有機野菜と玄米を食べていました。

せっかく、子供たちの為に、自分が犠牲になって、避難させてくれた、夫に申し訳ないです。その症状はチェルノブイリや長崎・広島・福島でヒバクされた方々と酷似した症状です。

もし・・将来・・・子供たちに何かがあった時・・・私は、どう償えばよいのでしょうか?私は、その十字架を一生、背負って生きていかなくてはならなくなりました。

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①政府は原発を推進したいが為のたて前を言うのではなく、全国民、世界の安全を守るために、いつでも真実を伝えて下さい。

目先の事を考えるあまり、無責任な事をして、日本が世界からの信用を失わないようにして頂きたいです。

②関東を含む避難したい人達が、避難出来るよう、仕事や農地を提供したり、所得の保証をして下さい。

大半の方々は仕事があれば、避難できるのではないでしょうか。

③保養を義務化する法律を作り、東北に限らず、関東も含む被災地で暮らす人々、子供は勿論、大人たちにも「保養の権利」を与えて下さい。

④被災者に保養の給付金を出して下さい。

⑤企業に被災者が保養する為の補助金を出して下さい。例えば、企業提携等や技術交換、研修などをしながら、大人も保養出来ると良いのではないでしょうか?そのように、企業側が検討出来るよう、国からの働きかけ、制度を整えて下さいますようお願い致します。

これから、子どもを授かる方もいらっしゃいます。その方々のお子様は、皆、元気に生まれて来てくれるのでしょうか?
ですから、大人の保養も必要です。

まとまった期間、体を休め、安全な環境と安全な食事で、家族と一緒に暮らして、放射能で傷ついたであろう身体と精神に元気を取り戻してほしいです。

⑥宅急便などの送料の補助を制度化して下さいますようお願い致します。 

避難者には、夫や被災地に残された家族の為に近畿の安全な食材を毎週送り続けている人が多くいます。家族の健康を気遣って送るのですが、郵送料もかさみます。

 小さな事のようですが、避難者は関西にいても、必死に放射能と戦っています。何より家族の健康のためにできることは何でもしたいと考えています。そのような心を理解していただき、ご検討ください。
被災地の方々が安全な飲食物を取り寄せる為の送料の負担もご検討下さい。
 この小さな事の積み重ねが、内部被曝による広範な健康悪化、病気を防ぐ大きな力になります。本来防げるはずの病気・不健康が広がり、医療費や健康保険料、介護保険料等々が値上がりし、国民生活の負担を増やすのでなく、防げる病気は防ぐために、国の支援をお願い致します。

広島、長崎で原爆が落ちた後に、内部被曝の為、元気に働いていた人が突然気力が無くなり、働けなくなってしまいました。病院で検査しても、どこも悪いところがないと言われてしまうのです。これが、原爆ブラブラ病です。広島、長崎では、一度きりの原爆投下です。

福島の第一原子力発電所では、今でも放射能が毎日出続けています。

原発事故後の日本でも原爆ブラブラ病は起きると言われています。

被災地の多くの方々がそうなったら、---------その時、日本は共倒れにならないでしょうか?このままでは、国民の負担が今まで以上に重くなってしまいます。

⑦日本国内外に出回る食糧をしっかり測定し、1ベクレルでも放射能が検出された食材は流通させないようにして頂きたいです。

日本国内の放射能の測定に信頼性があれば、外国への輸出などへの信頼性も高まり、ひいては、日本国と国民の為になります。

福島県、日本の現実、

行政では食品中に含まれる放射能の測定に関わる人々が派遣などの場合があり、測定のための研修が不十分です。測定にかける時間も短いので検出限界値が高く意味の無い測定になっています。
行政(無料)ではかり 放射能が不検出になった場合でも、放射能市民測定所(有料)で時間をかけて調べると、検出されることがあります。

例え、一キログラム当たり8ベクレルの物でも毎日食べ続けると、子供であれば、3ヶ月で心臓疾患の恐れが出てくるそうです。
しかも、全てが測られているわけではないので、それ以上に危険な食べ物が出回る事もあります。
「千ベクレルの農作物が差し押さえになったが、そのとたん、高レベル放射能汚染の恐れがある周りの畑の農作物が、西日本に運ばれてしまった」という、流通業者の内部告発がありました。

元々、西日本に住まわれていた方々に、私よりもっと早い時期に「内部被曝のせい かもしれない? ! と思われるような症状が出た」という話をいくつも、聴いています。
このままでは病気になる方々が全国的に増えて、「健康保険料、介護保険料、各種税金など」が上がる事が予測されます。放射能の影響で出生率も更に下がり、元気に働ける年金などを支える世代が激減するのではないでしょうか?日本国の存亡の危機に陥るのではないでしょうか?
また、「日本では原発事故前でも、食糧の4割りが棄てられている。」とも言われていました。汚染された食べ物を食べなくても、なんとか乗り切れるのではないでしょうか?

内部被曝は外部被曝に比べ格段に危険度が高いのですから、もっと厳しく測って頂きたいです。このままでは「原爆ぶらぶら病」のようになる方々が、日本全体に拡がる可能性があります。

⑧交通費の負担を制度化して下さいますようお願い致します。

バスや電車などの乗り物に、被災者がなん組か、無料で乗せて頂いたとしても各交通機関の負担は、そうそう増えないように思いますが、いかがでしょうか?

避難してから、色々な事情が重なり、ほとんど、家族が揃う事の無いご家族もいます。1日、2日のお休みでも行けるように、一年に何回まで、とか、いくらまで交通費を負担するとか、あると助かります。
原発離婚が増え続けています。家族の絆を深める為、精神的負担を軽減し、心身の健康維持の為にも、交通費の負担を国がして下さいますようお願い致します。

⑨被災者に限らず、全国で放射能の影響を心配している人達が、被曝していないかどうか、調べられる健康診断を実施して下さい。
それが、被災地を守る事に繋がるからです。

⑩移住した者の住宅ローンが残っている時には、そのローンが終わるまでは、住宅手当を支給したり、住宅の無料貸与をして下さいますようお願い致します。

⑪移住した者が、被災当時住んでいた家に誰も住んでいない時、又は原発事故当時住んでいた家の家賃報酬などで固定資産税(土地、建物など)やローンが賄えない場合には、固定資産税を免除して頂けますようお願い致します。
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  1. 2012/11/29(木) 01:17:54|
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  1. 2013/01/06(日) 22:38:55 |
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