福島から京都に避難して

3.11の原発事故で、福島から大阪、そして京都に母子避難しました。その体験を伝え歩いています。

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英語圏の皆様、全世界の皆様へ

被災者達の声を世界の言語に訳して世界中に発信していきたいと思っていましたが、この度、ウイメンズメッセージの皆様に英語訳して頂き、感激です。

~**~**~**~**~**~**~**~

英語圏の皆様、全世界の皆様へ
私は福島県から、西日本へ母子避難をさせていただいている 〇〇と申します。今は被災者として、様々な現場でお話をさせて頂いております。

私はまず、福島原発事故が起きてしまったことを皆さんにお詫びしなければなりません。私達 日本国民の多くが、政府の原発安全神話を鵜呑みにしてしまいました。私は、 ウランなどを危険な物と感じながらも、原発が危険なものとは認識していませんでした。それ以上知ろうともせず原発を受け入れて生活してきてしまいました。

福島原発の事故がきっかけになり、たくさんの方とつながりながら、原発の危険性を訴えてきたつもりでしたが、大飯 原発の再稼働を止める事ができませんでした。皆様に大変な不安 とご心配をお掛けしましたこと本当に申し訳ありません。ごめんなさい。

日本国内での、食品に対する放射能の測定の仕方は、検出限界値が高すぎて意味のないものになっています。日本からの諸外国への輸出規制はどうなっているのでしょうか?どこで放射能の測定をしているのでしょうか?食品にかぎらず放射能の 危
険のない物が輸出されているのでしょうか?一度お確かめ頂ければ幸いです。


福島県、日本の現実、

日本行政では食品中に含まれる放射能の測定に関わる人々が派遣などの場合が多く、測定のための研修が不十分です。測定にかける時間も短いので検出 限界値が高くなっています。行政(無料)ではかり
放射能が不検出になった場合でも、放射能 市民測定所(有料)で時間をかけて調べると、検出されることがあります。
また食品に含まれる放射能の暫定基準は大人であれば、一キログラム当たり100ベクレルです。原発事故前であれば、100ベクレルと言えば、低レベル放射性廃棄物としてドラム缶に詰められて、厳重に保管管理されていました。今の日本では、そんな恐ろしい物が食べても良い事になっているのです。
例え、一キログラム当たり8ベクレルの物でも毎日食べ続けると、子供であれば、3ヶ月で心臓疾患の恐れが出てくるそうです。
しかも、全てが測られているわけではないので、それ以上に危険な食べ物が出回る事もあります。

にもかかわらず、農林水産省は、「全国の国公立・私立大学、都道府県、病院給食等事業者団体に対し、被災地産食品の販売等を推進する『食べて応援しよう!』の取組への積極的参加を呼びかけます。」
>>と言っているのです!!

おまけに、日本では、今でも「年金だけで生活するのは難しい」「健康保険料が高い」と言われています。内部被曝は外部被曝よりも 600倍も危険度が高いのですから、もし日本国民が病気が ちになったら、年金や健康保険料、消費税など、日本経済そのものがさらに圧迫されます。
行政が測った農産物、1000ベクレルの物が見つかり差し押さえになったと思ったら、周りの畑の農産物が、流通業者により安く買い叩かれ、サッと西日本に運ばれてしまいました。被災地から遠く離れた西日本では食べ物に関する、危機感が薄いからです。
そんな恐ろしい物は決して出荷して欲しくはありませんが、生活の為にどうする事も出来ず、流通業者の言いなりになってしまったのであろう農家の方を責めることは出来ないのでは.....と思うのです。そのような事が起きてしまう行政のシステムに欠陥があります。
福島県では農業や酪農が出来なくなった方々にも自殺者が出ています。借金をして作った、施設の壁に「原発さえなければ........保険金で借金を返して下さい。」と遺言を残された方もいます。「放射能が検出された物は、東京電力会社や国が買い取る」となっていれば、農家の方もそこまで苦しまなくて良いのでしょうに。

日本では 東日本大震災 でできてしまった放射能がれきを燃やしてしまったところ、もしくはこれからも燃やすところが あります。世界中の原発事故の例で見ても、放射能がれきを燃や した国は日本だけです。チェルノブイリ事故の時の放射能が日本の土から見つかっているぐらいです。現在でさえ福島から放射能が飛び続け、 いろいろな形で放射性物質が 世界のあちこちに運ばれ ているのでは?危惧しています。それなのに放射能がれきをこれ以上日本で燃やしてしまったら、 世界中に放射能がバラまかれ どんな影響があるのだろうか?と、とても心配 です。

福島 を含む東日本では「放射能.避難.保養」などの話ができにくい状況です。避難するにしても、特に関東では戦時中の非国民のような気持ちで故郷を後にすることもめずらしくないのです。放射能の被害が出ているにもかかわらず、国がそれを殆んど公表しないからです。日本全国で、国や放射能と闘ってている 方々がいます。でも日本全国をみると ごく一部です。
マスコミが日本が財界が真実を伝えてくれないから です。行政でさえ真実を知っている方はごく一部です。


英語圏の皆様へ、全世界の皆様へ五つのお願いがあります。

一つ目*どうか「皆さんのお国を守って下さい」皆さんの国を守ることは、世界を、日本を、守ることにつながります。

二つ目*「保養」チェルノブイリでも1ヶ月間 放射能の心配のない所に保養に行った子供たちの体内の放射能が50%から70%少なくなると言われています。どうか子供たちに保養の機会を与えてくださいますように、お願いいたします。
私たち避難者は子どもを守るために 母子避難をし、父母や働きざかりの夫を被災地に残してきているものがほとんどです。私達は「夫が原爆ブラブラ病 になり、働けなくなったらどうしよう?!」とい
う不安と隣合わせで生きています。広島 長崎では原爆投下の放射能の影響により何もする気力がなくなり 働けなくなった方々 が大勢いました。
ですから、大人の保養も必要だと考えています。日本の各種産業の技術者を研修や技術 提携などを兼ねて、保養させて頂きたいのです。
農業.酪農の技術者(日本の有機農家の作る野菜は一度食べたら忘れられない素晴らしいおいしさです!!).

それから医療関係者.介護者が倒れたら、日本はおしまいです。
今までも数が少なかった上に、原発事故以降、被災地を離れる医療従事者、介護者が増えたのです。保養できるようになれば 被災地 で働く医療関係者も増えるのではないでしょうか。

三つ目*「シアノ バクテリア」地球が創成された頃からいたのではないかと言われている、何処にでも居るバクテリアです。私の家の玄関にもいます。このバクテリアは放射性物質を取り込む性質があるようで、これが居る所は他とはとんでもなく桁外れの放射能が測定されます。このバクテリアを大量に増やして放射能を集め、安全な地域を増やすことができないでしょうか?!除せんが必要と考えている方々が被災地にいらっしゃるのは確かなので、除染費用も大幅に抑えられるのではないでしょうか?

世界中の研究者 科学者の方々に この話 を広めてくださるよう お願いいたします。

四つ目*原発や放射能の影響から世界を守るために、私たち被災者の声を世界に広めてくださいますようお願いいたします。五つ目皆様より日本政府などへ要望して頂きたい事があります。①食品の放射能の汚染の暫定基準値をさげて、尚且つ、測定する際の下限値もできるだけ0に近づけるようにしていただきたい。②日本全国に放射能測定器が設置されるように、要望していただきたいです。被災地にも安全な食品があります。避難するしないに関わらず、放射能の移行の少ない農作物を作っていくなど、工夫出来るようにしていきたいのです。(そして日本政府の連絡先など も載せて、皆様に気軽に、行動して頂けたら〓〓と思っていました。)日本国内を厳しくすることにより外国に輸出される物も更に安全になるようにとの思いです。いままでの皆様の国は誰が作ってきたのでしょうか?政治家や一部の財界人だけが作ってきたのでしょうか?いいえ、その方々と共に、国民の声を反映させながら 皆様の国を作ってきたのではありませんか?私たち一人ひとりの力は小さいかもしれません。しかし その声が集まって 今の皆様の国
を作ってきたことを忘れずに、ご自分の家族を祖国を守る行動をして頂ければ、幸いです。有難うございました。Taking Refuge from Fukushima
Yukimi Hagiwara(Kyoto・Japan)
                Condensed Japanese and translated by Women’s Messages
                 
My two children and I were going to stay in the airport in order to take refuge and travel from Fukushima prefecture to Osaka prefecture in March 2011. I was very uneasy, wondering, “how many would we have to wait in the airport”.
The next morning, after a sleepless night, I saw people standing together in the airport, who looked Russian. I soon realized they were the very people who rushed to our aid days earlier with the tsunami and nuclear disaster. I passed by them unable to even say “hello”. Although we did not speak the same language and we did not share a means of communication, I felt so ashamed almost immediately. I should have found a way to say ‘thank you’ to them from myself, and the people of Japan.
Happily an opportunity arose and we were able to leave Fukushima on a plane going to Nagoya. We luckily got on an earlier flight. Later we went to Osaka.
All the airport staff treated us with kindness and smiles. Among them “there undoubtedly were some who wished to leave along with the rest of us, but they held up stoically waiting patiently”. They were unable to leave and the thought made me tremendously sad and wrung my heart.
When we finally arrived in Osaka I felt clearly blessed and was happy to breathe the fresh air. I could finally breathe freely away from the fear at last.
In the early days in Osaka, I cried every day with relief just looking at the flowers, or watching TV programs. I was happy to be alive and somewhere safe. The summer after we left Fukushima prefecture, I found a flyer one day advertising a ‘radioactive and safe meal’. I felt I had wasted my time with all my crying. I went to the city hall to see what the flyer was about. The Kansai Electric Company and the Clean Center along with other people were there. Meeting them shocked me intensely. The people’s attitude of Western Japan seemed to be saying ‘it’s someone else’s business not mine’. I wonders if it is right for Japanese people to feel this way when so many foreign counties who have nuclear plants are rethinking their continued existence.
Then I thought the experiences of the Fukushima suffers might be indispensable. Those experiences might be able to become one of the powerful elements to help construct a safer world. Since that meeting, I have tried to speak out and tell people in many places about our ordeal. I believe that I am doing good for not only my family and also for the people of Japan and perhaps, for all the people of the world. If nuclear power plants continue to exist, one day other people of Japan might have to live through the dilemma my family has had to endure.
My hope is for an ordinary daily life to come again for my family, for my husband and my two children, to be together. This past winter my children suffered terribly from chilblains; an inflammation of the hands and feet caused by exposure to cold and moisture. If, we had not had to live through the Fukushima disaster, they would never have been exposed initially. Their recovery was slow and they suffered terribly. My big toe nail fell off at the root.
I fear Japan seemed to be polluted more and more and possibly much of Japan is contaminated by radioactivity. Immediately after the earthquakedisaster, foreign governments seemed to have made various proposals to our government. But our government did not accept their proposals. Both American and German governments sent messages, which were treated as if they had never have been received.
A friend of mine serving under the Self-Defense Forces told me this information. We were all sharing personal things in the moments before our escape. She also told me of the 86 symptoms caused by radioactivity. They say physicians in Fukushima are now very busy treating these 86 symptoms.
I wish to inform you that I am filled with anxiety. I worry, ‘What if our children are discriminated against in the future because they originally were natives of Fukushima prefecture and what if their babies may not be born without deformities’. For these reasons I want to tell these stories to the world.
I would like all people, to understand the victims’ indescribable agony and lifelong worry. We want to live with our family members, all together.

I am trying to tell you the facts and doing so may protect your future. Protecting your future lead to protecting disaster struck areas and the many families impacted too. All of you become a light to protect the families of Japa...
  1. 2013/11/26(火) 22:34:04|
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被災者達の声を世界の言語に訳して世界中に発信していきたいと思っていましたが、この度、ウイメンズメッセージの皆様に英語訳して頂き、感激です。

~**~**~**~**~**~**~**~

英語圏の皆様、全世界の皆様へ
私は福島県から、西日本へ母子避難をさせていただいている 〇〇と申します。今は被災者として、様々な現場でお話をさせて頂いております。

私はまず、福島原発事故が起きてしまったことを皆さんにお詫びしなければなりません。私達 日本国民の多くが、政府の原発安全神話を鵜呑みにしてしまいました。私は、
ウランなどを危険な物と感じながらも、原発が危険なものとは認識していませんでした。それ以上知ろうともせず原発を受け入れて生活してきてしまいました。
福島原発の事故がきっかけになり、たくさんの方とつながりながら、原発の危険性を訴えてきたつもりでしたが、大飯 原発の再稼働を止める事ができませんでした。皆様に大変な不安
とご心配をお掛けしましたこと本当に申し訳ありません。ごめんなさい。

日本国内での、食品に対する放射能の測定の仕方は、検出限界値が高すぎて意味のないものになっています。日本からの諸外国への輸出規制はどうなっているのでしょうか?どこで放射能の測定をしているのでしょうか?食品にかぎらず放射能の 危
険のない物が輸出されているのでしょうか?一度お確かめ頂ければ幸いです。


福島県、日本の現実、

日本行政では食品中に含まれる放射能の測定に関わる人々が派遣などの場合が多く、測定のための研修が不十分です。測定にかける時間も短いので検出 限界値が高くなっています。行政(無料)ではかり
放射能が不検出になった場合でも、放射能 市民測定所(有料)で時間をかけて調べると、検出されることがあります。
また食品に含まれる放射能の暫定基準は大人であれば、一キログラム当たり100ベクレルです。原発事故前であれば、100ベクレルと言えば、低レベル放射性廃棄物としてドラム缶に詰められて、厳重に保管管理されていました。今の日本では、そんな恐ろしい物が食べても良い事になっているのです。
例え、一キログラム当たり8ベクレルの物でも毎日食べ続けると、子供であれば、3ヶ月で心臓疾患の恐れが出てくるそうです。
しかも、全てが測られているわけではないので、それ以上に危険な食べ物が出回る事もあります。

にもかかわらず、農林水産省は、「全国の国公立・私立大学、都道府県、病院給食等事業者団体に対し、被災地産食品の販売等を推進する『食べて応援しよう!』の取組への積極的参加を呼びかけます。」
>>と言っているのです!!

おまけに、日本では、今でも「年金だけで生活するのは難しい」「健康保険料が高い」と言われています。内部被曝は外部被曝よりも 600倍も危険度が高いのですから、もし日本国民が病気が
ちになったら、年金や健康保険料、消費税など、日本経済そのものがさらに圧迫されます。
行政が測った農産物、1000ベクレルの物が見つかり差し押さえになったと思ったら、周りの畑の農産物が、流通業者により安く買い叩かれ、サッと西日本に運ばれてしまいました。被災地から遠く離れた西日本では食べ物に関する、危機感が薄いからです。
そんな恐ろしい物は決して出荷して欲しくはありませんが、生活の為にどうする事も出来ず、流通業者の言いなりになってしまったのであろう農家の方を責めることは出来ないのでは.....と思うのです。そのような事が起きてしまう行政のシステムに欠陥があります。
福島県では農業や酪農が出来なくなった方々にも自殺者が出ています。借金をして作った、施設の壁に「原発さえなければ........保険金で借金を返して下さい。」と遺言を残された方もいます。「放射能が検出された物は、東京電力会社や国が買い取る」となっていれば、農家の方もそこまで苦しまなくて良いのでしょうに。

日本では 東日本大震災 でできてしまった放射能がれきを燃やしてしまったところ、もしくはこれからも燃やすところが あります。世界中の原発事故の例で見ても、放射能がれきを燃や
した国は日本だけです。チェルノブイリ事故の時の放射能が日本の土から見つかっているぐらいです。現在でさえ福島から放射能が飛び続け、 いろいろな形で放射性物質が 世界のあちこちに運ばれ
ているのでは?危惧しています。それなのに放射能がれきをこれ以上日本で燃やしてしまったら、 世界中に放射能がバラまかれ どんな影響があるのだろうか?と、とても心配
です。

福島 を含む東日本では「放射能.避難.保養」などの話ができにくい状況です。避難するにしても、特に関東では戦時中の非国民のような気持ちで故郷を後にすることもめずらしくないのです。放射能の被害が出ているにもかかわらず、国がそれを殆んど公表しないからです。日本全国で、国や放射能と闘ってている 方々がいます。でも日本全国をみると ごく一部で
す。
マスコミが日本が財界が真実を伝えてくれないから です。行政でさえ真実を知っている方はごく一部です。


英語圏の皆様へ、全世界の皆様へ五つのお願いがあります。

一つ目
どうか「皆さんのお国を守って下さい」皆さんの国を守ることは、世界を、日本を、守ることにつながります。

二つ目
「保養」チェルノブイリでも1ヶ月間 放射能の心配のない所に保養に行った子供たちの体内の放射能が50%から70%少なくなると言われています。どうか子供たちに保養の機会を与えてくださいますように、お願いいたします。
私たち避難者は子どもを守るために 母子避難をし、父母や働きざかりの夫を被災地に残してきているものがほとんどです。私達は「夫が原爆ブラブラ病 になり、働けなくなったらどうしよう?!」とい
う不安と隣合わせで生きています。広島 長崎では原爆投下の放射能の影響により何もする気力がなくなり 働けなくなった方々 が大勢いました。
ですから、大人の保養も必要だと考えています。日本の各種産業の技術者を研修や技術
提携などを兼ねて、保養させて頂きたいのです。農業.酪農の技術者(日本の有機農家の作る野菜は一度食べたら忘れられない素晴らしいおいしさです!!).それから医療関係者.介護者が倒れたら、日本はおしまいです。今までも数が少なかった上に、原発事故以降、被災地を離れる医療従事者、介護者が増えたのです。保養できるようになれば 被災地 で働く医療関係者も増えるのではないでしょうか。三つ目「シアノ バクテリア」地球が創成された頃からいたのではないかと言われている、何処にでも居るバクテリアです。私の家の玄関にもいます。このバクテリアは放射性物質を取り込む性質があるようで、これが居る所は他とはとんでもなく桁外れの放射能が測定されます。このバクテリアを大量に増やして放射能を集め、安全な地域を増やすことができないでしょうか?!除せんが必要と考えている方々が被災地にいらっしゃるのは確かなので、除染費用も大幅に抑えられるのではないでしょうか?世界中の研究者 科学者の方々に この話 を広めてくださるよう お願いいたします。四つ目原発や放射能の影響から
世界を守るために、私たち被災者の声を世界に広めてくださいますようお願いいたします。五つ目皆様より日本政府などへ要望して頂きたい事があります。①食品の放射能の汚染の暫定基準値をさげて、尚且つ、測定する際の下限値もできるだけ0に近づけるようにしていただきたい。②日本全国に放射能測定器が設置されるように、要望していただきたいです。被災地にも安全な食品があります。避難するしないに関わらず、放射能の移行の少ない農作物を作っていくなど、工夫出来るようにしていきたいのです。(そして日本政府の連絡先など も載せて、皆様に気軽に、行動して頂けたら〓〓と思っていました。)日本国内を厳しくすることにより外国に輸出される物も更に安全になるようにとの思いです。いままでの皆様の国は誰が作ってきたのでしょうか?政治家や一部の財界人だけが作ってきたのでしょうか?いいえ、その方々と共に、国民の声を反映させながら 皆様の国を作ってきたのではありませんか?私たち一人ひとりの力は小さいかもしれません。しかし その声が集まって 今の皆様の国を作ってきたことを忘れずに、ご
自分の家族を祖国を守る行動をして頂ければ、幸いです。有難うございました。Taking Refuge from Fukushima
Yukimi Hagiwara(Kyoto・Japan)
                Condensed Japanese and translated by Women’s Messages
                 
My two children and I were going to stay in the airport in order to take refuge and travel from Fukushima prefecture to Osaka prefecture in March 2011. I was very uneasy, wondering, “how many would we have to wait in the airport”.
The next morning, after a sleepless night, I saw people standing together in the airport, who looked Russian. I soon realized they were the very people who rushed to our aid days earlier with the tsunami and nuclear disaster. I passed by them unable to even say “hello”. Although we did not speak the same language and we did not share a means of communication, I felt so ashamed almost immediately. I should have found a way to say ‘thank you’ to them from myself, and the people of Japan.
Happily an opportunity arose and we were able to leave Fukushima on a plane going to Nagoya. We luckily got on an earlier flight. Later we went to Osaka.
All the airport staff treated us with kindness and smiles. Among them “there undoubtedly were some who wished to leave along with the rest of us, but they held up stoically waiting patiently”. They were unable to leave and the thought made me tremendously sad and wrung my heart.
When we finally arrived in Osaka I felt clearly blessed and was happy to breathe the fresh air. I could finally breathe freely away from the fear at last.
In the early days in Osaka, I cried every day with relief just looking at the flowers, or watching TV programs. I was happy to be alive and somewhere safe. The summer after we left Fukushima prefecture, I found a flyer one day advertising a ‘radioactive and safe meal’. I felt I had wasted my time with all my crying. I went to the city hall to see what the flyer was about. The Kansai Electric Company and the Clean Center along with other people were there. Meeting them shocked me intensely. The people’s attitude of Western Japan seemed to be saying ‘it’s someone else’s business not mine’. I wonders if it is right for Japanese people to feel this way when so many foreign counties who have nuclear plants are rethinking their continued existence.
Then I thought the experiences of the Fukushima suffers might be indispensable. Those experiences might be able to become one of the powerful elements to help construct a safer world. Since that meeting, I have tried to speak out and tell people in many places about our ordeal. I believe that I am doing good for not only my family and also for the people of Japan and perhaps, for all the people of the world. If nuclear power plants continue to exist, one day other people of Japan might have to live through the dilemma my family has had to endure.
My hope is for an ordinary daily life to come again for my family, for my husband and my two children, to be together. This past winter my children suffered terribly from chilblains; an inflammation of the hands and feet caused by exposure to cold and moisture. If, we had not had to live through the Fukushima disaster, they would never have been exposed initially. Their recovery was slow and they suffered terribly. My big toe nail fell off at the root.
I fear Japan seemed to be polluted more and more and possibly much of Japan is contaminated by radioactivity. Immediately after the earthquakedisaster, foreign governments seemed to have made various proposals to our government. But our government did not accept their proposals. Both American and German governments sent messages, which were treated as if they had never have been received.
A friend of mine serving under the Self-Defense Forces told me this information. We were all sharing personal things in the moments before our escape. She also told me of the 86 symptoms caused by radioactivity. They say physicians in Fukushima are now very busy treating these 86 symptoms.
I wish to inform you that I am filled with anxiety. I worry, ‘What if our children are discriminated against in the future because they originally were natives of Fukushima prefecture and what if their babies may not be born without deformities’. For these reasons I want to tell these stories to the world.
I would like all people, to understand the victims’ indescribable agony and lifelong worry. We want to live with our family members, all together.

I am trying to tell you the facts and doing so may protect your future. Protecting your future lead to protecting disaster struck areas and the many families impacted too. All of you become a light to protect the families of Japan and the world.
  1. 2013/11/26(火) 22:24:16|
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ある避難ママの苦悩

避難は、したものの、周囲に放射能の理解がなく、親子共々、苦悩する事が我が家も含め、避難者達にはよくあります。

 

そんな時、「私達だけの問題ではなく、今、まさに私の目の前にいる貴女に降りかかっている問題なんだよ。」と叫びたくなります(>_<)(ToT)(T_T)

 

~**〇Ο~**〇Ο~**〇Ο~**〇Ο~*

 

ある避難ママの苦悩

 

フリースクールに子どもが行く気になってひと安心かと思ったのもつかのま、やっぱり朝体調が悪いといっていくのをいやがるので、やっとのことで今電車に乗ったとこです。

 

「なぜ体調が悪いのか…何か体に悪いものを食べただろうかと頭をめぐらせてしまいます」

 

フリースクール〇〇〇〇なんですが、高くていつまで払い続けられるのだろうかと…先行き真っ暗です。でも今思春期の大事な毎日をうちでゴロゴロ過ごさせるよりはとがけから飛び降りる思いで行かせる決断をしました。

 

*~**~**~**~**~**~**~**

 

ある避難ママΟΟさんより。

 

あるシンポジウムでは、当日一分間ほど「今起きている放射能汚染から日本中のこどもたちを守ってください」というお願いをさせてもらいました。

チェルノブイリの被害は(なくなられた方は)、ニューヨーク科学アカデミーが英訳を

発行し、最近岩波書店からも日本語訳が出版された「チェルノブイリ被害の全貌」にも

、98万5000人と記されています。(チェルノブイリのことに詳しいいろいろな人

に聞いても、その数値はそんなに間違ってはいないのだろうと思っています)

 

ところが日本政府は、数千人というIAEAをはじめとする原発を推進しようとする団体の

発表した数値を、首相官邸のホームページにものせています。

 

原発事故による健康被害を実際より100分の一以上小さく見せようとして、さまざま

な方法をとっているのが残念ながら私たちの国の状況なのだと、事故以来つくづく思い

知らされています。

放射能の影響は、風に乗って広がり、雨によって落ちるので、福島県内にとどまらず関

東にもおよび、関東からもこどもや自分に何らかの症状や異常を感じて避難して来てい

る人が大勢います。(関東の場合は、乱立する清掃工場の影響など複合的なものがあっ

たのではないかとは思いますが)

 

避難ママ〇〇さんがお話してくれたのは、避難者登録もせず(できず)、避難者交流会にも参加

せず、近所や子供の関係の付き合いや職場でも「避難してきている」といわずにひっそ

り暮らしている主に関東からの避難者のことです。

 

登録している避難者の三倍はいるのではと実感していますので(もっと多いかもしれま

せん)、関西全体で一万人くらいはいるのではないかと思います。

事故後だいぶたってから避難してきた人も少なくないので、なんらかの症状や健康上の

異変のある人も少なくないです。何とか元気に暮らしている人も多いのではないかと思

いますが、大変な目にあっていても、どこにもSOSできずにいる母子避難者・体調の悪

い避難者・身寄りのない避難者もいます。

 

私自身東京からの子連れ避難者ですが、理解されていない環境で子育てするのは大変なので、隠れてないで、できるだけわかってもらおうと、機会があれば、お話しています


子供は大人の10倍も20倍も影響を受けやすいわけですので、そしてまだできることはありますので、国には今起きている放射能汚染の現状に向き合って、ちゃんとどの程

度危険か知らせて、こどもたちを病気にならないように予防してほしいと思っています


 

チェルノブイリ周辺では、賠償を求めるたくさんの裁判がおきて、どうにもできなくなって国がチェルノブイリ法というこどもと住民を守る法律を制定したと聞いています。

 

賠償を求めるこちらの裁判も、支援法の完全実施を求める活動も、「放射能から子供を

守ってほしい」と声をあげていくことも、私にとってはどれも大切と思ってかかわって

います。

 

みなさんと連帯してがんばっていけたらと思っています。

よろしくお願いします。

 

 


 

Ο~**Ο~**Ο~**Ο~**Ο~**Ο~**

有り難うございます。これからも宜しくお願い致しますm(__)m

  1. 2013/11/14(木) 17:56:08|
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甲状腺ガンはアウトブレイク*母子の叫び

★ 11月16日(土)18:30~20:50 エルおおさか南館ホール(地下鉄
/京阪「天満橋」下車)/参加費500円

★ 講演:高松勇さん(小児科医、医療問題研究会)
  高松さんら医療問題研究会の甲状腺がんの取り組みは、ドイツ・欧州でも注目さ
れています。ドイツに福島の甲状腺がんアウトブレイクの事実を伝えた、ドイツ放射
線防護協会の月刊誌「放射線テレックス」(8月号)に、医療問題研究会が紹介され
ました。
 詳しくは、講演で。

★ 100万人署名運動の方針と各地の取り組み、自治体への要求運動の報告。

★ 主催:MDS(民主主義的社会主義運動)

 詳細はこちら(チラシがあります)
→ http://no-nukes-hokusetsu.blog.so-net.ne.jp/2013-11-12

 今日、福島県の甲状腺がん調査の4回目の結果公表があり、がん患者が59人にな
りました。

 詳しい分析は数日後に紹介しますが、少し見て、患者発生のペースは遅くなってい
ません。しかも「甲状腺がん59人」は中間集計に過ぎません。
 
 甲状腺がんのアウトブレイクは、他のあらゆる病気の前触れです。チェルノブイリ
の事例がこのことを示しています。
 
 この集会は国と東京電力にアウトブレイクの事実を認めさせ、放射能健診を実施さ
せる100万人署名を近畿/全国に広げる集会です。

*~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~


母子の叫びが聴こえます。 - 福島から京都に避難して

http://kyania.blog.fc2.com/blog-entry-265.html

**~**~**~**~**~**~**~**

「磐梯の山につつまれて」
https://www.youtube.com/watch?v=m-XGPO3u77c&feature=youtube_gdata_player

是非、ご覧になって下さい。

この歌を作ったシンガ-ソングライタ-の彼女のお子さんは、震災前に白血病の治療をしていました。震災後、再発して去年亡くなりました。あんなに元気だったのに・・・。

歌も良いですが、映像も素晴らしい。猪苗代町の議員さんが撮りためたものだそうです。

「何故こんな美しい所が・・・・・」と悲しくなると共に、原発事故の罪深さを思い知らされます。

私は、この歌を何度も聞き、悲しみを繰り返します。しかし、同時に癒されているようにも思えます。

放射能に興味の無い方々にも興味を持って頂く為に、拡散して頂けますよう、お願い致しますm(__)m

佐藤さとみさんのホームページアドレスは
http://satosatomi.tubakurame.com/
です。
購入希望の方は
satosatorara2001@yahoo.co.jp
の方へ連絡をお取り下さい。

~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**~**

イベント情報、以下転載です。

(11/11 更新)脱原発イベント情報 大阪・京都・兵庫 11月11日(月)~15日(金)

<http://ameblo.jp/amebloacchan/entry-11680874544.html>

月曜からのイベント情報です。
本日11時半から、大阪弁護士会が主催する秘密保護法反対のデモがあります。
西天満の弁護士会館。平日なので行けない人が多いと思いますが。

お時間のある方はぜひ。
弁護士集団のデモって、見てみたいです(笑)。そしていっしょに叫びたい。
「秘密保護法絶対反対!」

ニュー ヨー クタイムズが社説で「秘密保護法」を批判したことの意味 梓澤弁
護士 <http://ameblo.jp/amebloacchan/entry-11683689182.html>
NYタイムズが秘密保護法を手厳しく批判。
今日の孫崎メルマガで読みましたが、日本外国特派員協会 も
「「特定秘密保護法案」は報道の自由及び民主主義の根本を脅かす悪法であり、
撤回、または大幅修正を勧告します。」
という勧告をおこなったそうです。
この法案が成立したら、日本は世界の恥。

(11/11 更新)11/21(木)日比谷音楽堂に大集合! 秘密保護法を阻止するためで
きること <http://ameblo.jp/amebloacchan/entry-11660027612.html>
東京では市民が国会に集まって、議員回りをしようというアクションが連日おこ
なわれています。

このアクションを行っている人からの報告と要請です。
以下、少し長い引用ですが、ブログに載せるのはちょっと控えた方がいいかもし
れない情報なので、こちらに掲載します。

(転載ここから)

秘密保護法案に関して、民主党はグラグラしているよう
です。みなさん、各地から民主党議員に、電話&ファックスして、「野党第一党
としてきっぱり反対を!」と要求してください。このメールの下の方に鍵をにぎ
ると思われる議員リストを貼り付けています。

与党は、国民の反対の声が盛り上がらないうちに、一気に今週中の衆議院通過を
狙っていると思われます。絶対に阻止しましょう!

以下、民主党の状況についての状況です:
・昨日の自民党・石破幹事長の「野党との修正に幅広に応じる」発言に、
民主党の中間派までかなり動揺あり、今週一気に流れが決する危険あり。

・民主党の中には、修正協議ではなく、先の情報公開法対案と合わせ、
特定秘密保護法の「対案」を提出して法案審議に臨もうという楽観論があり、
これがヤブヘビとなって、将来に大きな禍根を残す可能性がある。

・「国民は民主党を見ている。この法案は国民に民主党が『現実的対応』を望むようなものではない。
たとえ自公に強行採決を許しても、民主党がこの法案の成立に一切手を貸さなかっ
たという強い姿勢を見せることが、逆に政権に責任をもつ政党として付託に応え
るもの。」
 というのが、民主党中間派に対しては心揺り動かされる言葉になる。

・民主党中間派の切り崩しが肝要で、そのために党内世論を作っている、
本法案への対応の中心にいる/詳しい議員のピンポイント攻略が必要。
以下3議員の説得が重要かと。

★参議院・福山哲郎(京都選挙区)
http://www.fukuyama.gr.jp
国会事務所
東京都千代田区永田町2-1-1 参議院議員会館808号室
電話 03-6550-0808 FAX 03-6551-0808
E-mail:kokkai@fukuyama.gr.jp
京都事務所
京都市中京区烏丸通丸太町下ル大倉町207-2
電話 075-213-0988 FAX 075-213-0977
E-mail:f-kyoto@fukuyama.gr.jp

★参議院・大野元裕(埼玉選挙区)
http://www.oonomotohiro.jp
〒332-0017 埼玉県川口市栄町2-1-11-103
TEL:048-271-5252
E-Mail:sangiin.oono@gmail.com
部屋番号: 参議院議員会館618号室
電話: 03-6550-0618
FAX: 03-6551-0618

★衆議院・大島敦(比例北関東(埼玉6区))
 http://www.dpj.or.jp/member/8
部屋番号: 衆議院第1議員会館420号室
電話: 03-3508-7093
FAX: 03-3508-3380

これに加えて、下記の議員も鍵にぎると思われます。
(すみません。コンタクトとか調べきれていません。どなたかリスト化していた
だける方がいたら、DMしてください)

★衆議院・大畠 章宏(茨城県第5区)
国会事務所
千代田区永田町2-2-1 衆議院第一議員会館406号室
TEL 03-3508-7231 FAX 03-3502-5953
日立事務所
〒317-0071 日立市鹿島町1-11-13
TEL 0294-21-5522 FAX 0294-21-3014

★大島敦 民主 衆1 420 埼玉県第6区
★岡田 克也 民主 衆1 506 三重県第3区
★長嶋昭久 民主 衆1 510 東京都21
★海江田 万里 民主 衆1 609 東京都第1区
★玉木雄一郎 民主 衆1 706 香川県第2区
★大西健介 民主 衆1 923 愛知県第13区
★長妻あきら 民主 衆2 706 東京都第7区

国会議員まわり用に作成したチラシ(ワード版)は下記の通りです。
といっても全議員はまわりきれていません。
適宜、ファックス送信などにご活用ください。適当に変えて下さって結構です。

(世論調査で過半数の人たちが「反対」としている+ツワネ原則)
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/131111_himitsu_flyer.docx
(36もの「その他」で秘密が無制限になることや、ニューヨークタイムズの社説
を引用しています)
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/36_others_NYT.docx
(国際基準ツワネのポイントをまとめたチラシ)
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/131106_Tshwane.pdf
(転載ここまで)
  1. 2013/11/12(火) 23:00:06|
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おしゃべりウォーク*ファックスやメール、電話をお願いいたします。m(__)m

おしゃべりウォークのよびかけです。

いよいよ昨日から、福島第一原子力発電所4号機の使用済核燃料プールから、燃料を取り出す作業が、始まりました。

高い放射線量の中、作業員は被ばくしながら、1秒に1cmの速さで使用済核燃料をクレーンで引き上げて移動。その数1533体。
一度でも失敗して落とせば、全員がその場から逃げなければならなくなり、北半球規模の汚染になるかもしれないそうです。

熟練した技術者が必要ですが、被ばく限度もあり、間に合うんでしょうか。本当に心配です。

たかが電気のために、私たちはとんでもないものを子どもたちに残してしまいました。
にも懲りず、安倍首相は、地震国トルコに原発を売り、世界中に原発を広げるそうです。恥ずかしく情けないです。

そしてもう片方で、特定秘密保全法により、私たち国民から知る権利を奪おうとしています。
こんなめちゃくちゃな話を許すわけにはいきません。反対は、声をあげなければ伝わらないのです。
ぜひ、ご一緒に歩きましょう!

<原発いらんねん、おしゃべりウォーク ひこね>

毎月恒例11日のおしゃべりウォーク、15回目を迎えます。

*2013年11月11日(月)
*集合時間/10時30分・集合場所/彦根市立図書館前広場
・集合後、意見情報交換後出発。 

コース
彦根市立図書館前・広場→関西電力・彦根営業所前→市民会館前→彦根市役所前→彦根駅前(12時頃解散予定)

◆反原発・脱原発に直接関係のないテーマや政治団体・宗教団体の旗やのぼり、プラカードはご遠慮ください。

◆荒天の場合、中止することがあります。当日現地決定。
◆参加される方は、太鼓などの楽器、プラカードや垂れ幕などを各自ご自由にお持ちください。
◆手ぶらや無言、マスクやお面着用の参加も大歓迎!!途中参加、途中のお帰りももちろんOK。
◆毎月11日に行います。特別の事情がない時は、平日は10時30分、土日祝日は14時集合です。

<呼びかけ人>
岡田涼子、ひこね子どもと明日を守る会

連絡先/090・5673・6952

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

下記、TwitterとFace Book情報です。転載します。
日にちがありません。阻止しましょう!



※電話・FAXは前に184をつけると差出人は特定できません。
メールは捨てメアドを取得してすれば問題ありません。

===============

【大緊急】戦争会議「日本版NSC設置法案」が7日衆院通過の危険!
秘密保全法案も7日審議入りの危険!
野党理事にFAX集中を! ◆大島敦(民主・比例北関東)03-3508-3380 ◆藤井孝男(維新・比例東海)03-3508-3815

===============================

皆さん、秘密保護法案を廃案にするために、ぜひご協力をお願いします!
◆特別委員会のメンバーに集中的にメール・FAX・電話を!

衆議院の国家安全保障に関する特別委員会では、本格的には11日から秘密保護法の審議がスタートする予定だそうです。
それまでは国家安全保障会議設置法案の審議です。これからが勝負です。

ということで、こちらの特別委員会の委員に集中的にプレッシャーをかけましょう!
大至急、このメンバーにメール・FAX・電話を集中させて下さい!

こちらから委員の一覧と、連絡先(会館TEL、FAX、メール、地元事務所連絡先)のエクセルデータが閲覧、ダウンロードできます。
 ↓  ↓
国家安全保障に関する特別委員会 委員名簿 (衆議院)
www.kenpoukaigi.gr.jp/index/131024anpotokubetui-meibo.xls

秘密保護法を阻止するために、我々のできること
http://s.ameblo.jp/amebloacchan/entry-11660027612.html
  1. 2013/11/09(土) 00:33:12|
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